日記・コラム・つぶやき

2014年12月22日 (月)

あまりにも糞過ぎた2014年を思う

今年はとにかくいろいろとツイてない一年だったと言える。何をやってもうまく行かないことは人生でも良くあるが、それが35年目という人生のターニングポイントとなりえそうな年齢において連続して発生することは、もはや運に見放されたと言っても過言では無いだろう。具体的に何がどうだったかと言うのは、仕事の事だったり、人生の事だったり、健康の事だったりと、多々あるため、割愛したい。と言うよりも、一つ一つ取り上げたところで、そこにさしたる意味も事件性も無いからである。特筆すべきようなドラマチックなことは何も起きていない。というよりも、何も起こらなかった。それこそが、2014年の不運であると言っても過言では無いからだ。

夏の時点で、人生の不幸に気づいた僕は、このまま2014年という年を不幸なまま終わらせるわけにはいかないと考えた。ASKAが逮捕された後、僕はASKAの名曲である「帰宅」という曲を数年ぶりに聴いた。「少しくらいは自分の事を、何とかしようと」というそんな歌詞に心を打たれた僕は(ASKAこそ何とかしたらどうかと思うが)、もっと自分の事を何とかすべきではないか。具体的に言えば、もっとスキルアップをすべきではないか。そう考えた。

そこで僕は人生で完全に無視していた【資格】という分野に興味を持つに至る。

「そうだ。僕は技術者のくせにCG検定と漢字検定くらいしか資格を持っていない。こんなんで一流の技術者と言えるのだろうか? いや、言えない」

反語で的確に自問した僕は、応用技術者という資格に興味を抱き、それを受講することを決心するのだった。資格を取得し、無残な2014年という年の最後に一花を咲かせる。そんな強い気概が全身から紫色のオーラとなって、あふれ出ていた。

思い立った僕は参考書を1ヶ月もかけて慎重に慎重に選び、Amazonで数千円も出して購入した。だが、人間というのは実に愚かな生き物である。参考書を買ってしまうと、それで勉強が出来たような気になって、すっかり満足してしまうものなのだ。

「なーに、平気平気。最強の参考書を買ったんだから、これで合格できるって」

そんなことをのたまって、ふと気づけば、試験日は二週間後に迫っていた。僕はそこでようやく置かれている危機的状況に気づき、慌てて勉強を開始するのだった。

だが、その勉強は困難を極めることになる。

まず、応用情報技術者という試験。範囲が広すぎるのだ。聞いたことの無いふわふわした用語が次々に現れては、僕を混乱に陥れる。そして次がもっと問題なのだが、僕はそもそも文系出身であるため、計算問題があまりにも苦手過ぎた。二次方程式なんてとうの昔に忘れているし、確率の計算なんかはそもそもろくに習ったことが無い。統計学の知識もセンスもからっきしである。パーセンテージの計算ですら実に怪しいものだ。

そんな状態で勉強を初めて、資格試験に合格できるのか? 一抹の不安がよぎった。

だが、それでも僕は諦めなかった。理系的なトラブルに遭遇したら時間は無くとも基礎から学習しなおした。二次方程式が分からなければ、近くの高学歴な理系男子に手取足取りで教えて貰った。統計学が分からなければインターネットで念入りに調べたし、SQLは参考書を買ってこれも基礎から勉強した。2週間の間、寝る間も惜しんで勉強をした。こんなに人生で勉強をしたのは、受験勉強の時以来と言える。

そして僕は思いをはせる。

そういえば、僕が一生懸命に勉強をして、それが実績となって現れた最後は、運転免許の試験だった、と。要するに、僕は最後に試験を突破したのが、運転免許だったのである。免許を取得してから15年間。僕は勉学における「成功体験」というものを一切手にしていない。

人間というものは「成功体験」が無ければ先に進むことが出来ない。例えば、マリオのステージ1が100人に1人しか突破できないような難易度なら、誰もマリオを続けようと思わないだろう。マリオは小さい成功体験を積み重ねることによって、ユーザーを最後まで離さないようにしっかりとつなぎとめるよう宮本茂が綿密に考えて世に出した名作なのである。人間というのは、どんな分野でも、「成功すること」を繰り返しながら生きている。

僕はこの試験を成功体験として手に入れることにより、今後の人生における多大なる成功を手に出来るはずだ。そう確信していた。まずはこの資格試験を人生における踏み台にしようじゃないか。

試験の当日。最低100時間は必要と言われる勉強時間を限りなく削減し、約30時間という短い勉強時間で挑んだ応用情報技術者試験だが、その結果は、なんと意外にも大成功に終わった。自己採点は合格ラインの60点を超えていた。一生懸命に勉強していたSQLや暗号鍵方式が出題されないという不幸には見舞われたが、そんなものは覚醒した僕の前では何の意味も持たなかった。

「試験など気合いと勘だけで充分だ」

これで僕は2014年という年を不幸なまま終わらせることにはならないだろう。応用情報技術者という資格を取得するといった「成功体験」を通じて、生まれ変わった僕は2015年におそらく大きな成功を手にするに違い無い。うんこみたいな2014年の最後の最後で僕はついに栄光を手に入れるのだ。

そして、試験の結果が発表された。僕はインターネットで自分のIDとパスを入力し、無事に資格が取得できていることを確認したのだった。

合格ラインは60点。さてさて、僕は一体どんな素晴らしい点数を取得したのかな?

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おや? おかしいな。うーん。どうやら僕の目が曇っているようだ。合格という文字は確かに見えるのだけれど、その前に「不」という聞いたことも見たことも無い文字が躍っているな。僕の辞書には「不」という文字は無いはずなんだが、えっと、これどういうことなの? 責任者呼んでこい!

そんなことで2014年なんか死ねば良いと思う。ハッキリ言って糞みたいな年だと思った。何よりも2014年という響きと語呂が悪すぎる。アイザック・アシモフだってきっと天国でこんなくだらない年につばを吐いている事だろう。

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※後日

あまりにも不幸過ぎたので、ちょっとくらい報われないかなと思って、艦これで大型レシピを回してみた。

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大鳳さん(一番レアな空母)が来た。2014年。最高。

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2014年10月 4日 (土)

京都 【艦これ展へ】

「お前はもう十分働いた。だからもう良い。休め!」

とか、ドラクエ調で言われたわけではないが、勝手にそう解釈して、先日、会社を二日ほど休んで四連休を取得した。祝日の無い職場で四連休はかなり貴重だ。そこで僕はかつてから行こう行こうと言いながら、3年間で1度も行けていない京都に行く事にした。ちなみに、あえて言及するまでも無い事かも知れないが、一人旅である。

京都に行こうと決めたのが、旅立つ三日前で、ちょうど、時を同じくして、『艦これ展』というのが京都で開かれているらしいことが分かった。『艦これ展』は、京都国際マンガミュージアムの館内で催されている小さな展示コーナーとのことだが、最初の目的地である下鴨神社の道のりにあることから、ついでに寄ってみようと思い立ったのだった。

午前九時。京都駅にたどり着いた僕は、地下鉄に乗って烏丸御池駅で一旦降りた。駅は聞き慣れぬ京都弁に溢れており、女の人は派手な格好をしている人が多かった。

迷子を繰り返しながらようやっと目的地へ着いた。入り口ではあられもない格好をした島風が僕らを出迎えて……。

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下半身がうまく隠れてやがる……。

国際マンガミュージアムは、びっくりするくらい閑散としていた。白人のカップルが一組と、子供が何人か。そのくらいである。平日だったせいかも知れない。

国際マンガミュージアムは800円の入場料を支払う事で、館内にある膨大なマンガを一日中読む事ができるという施設である。年代物のマンガから最新のマンガまで取り揃えているとのことだが、若干、最新刊は少ない。「となりの怪物くん」を読もうとしたが、8巻までしか置いて無かった。あれは13巻出てるのだが……。

『艦これ展』はそんな展示場の一角で開催されていた。誰もいないーー。あまりにも静寂過ぎて、受付のお姉ちゃんの存在すら気づけないほどだった。 受付で特典の天津風クリアファイルを貰ってから、歩を進めると、部屋の真ん中に戦艦大和のどこぞの部品のレプリカが置かれていた。受付の視線が気になり、あまりじろじろと見られなかったし、撮影禁止だったため、それが何なのか最後まで僕にはわからなかった。

その何だか分からない大和の物体を取り囲むようにして、艦これのキャラ絵がまるで絵画を飾るように、壁に並んでいる。島風だったり、那珂ちゃんだったり、大淀さんだったり、弥生ちゃんだったり。まあ、それだけである。新規の絵は無いそうだが、見た事の無い絵がほとんどだったので、僕はしっかりと閲覧させてもらった。しかし、背後から受付に監視されている状態で、たった一人、大和のおっぱいを凝視しながら「ふーむ」とか頷いているこのシチュエーションは一体なんなのだろう。新手の罰ゲームなのか?

部屋はもう一つあって、こちらは撮影可能だった。2015年1月から始まるアニメ版艦これの宣伝である。特に新しい情報は無い。日本製テレビの液晶に映し出されているアニメシーンもYouTubeで閲覧できるものと同じである。

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ちなみに頂いた天津風のクリアファイル(A5サイズ)はこちら。まだもらえるかは分からないが、9月末の時点ではまだもらえた。

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ちなみに僕はまだ天津風を所持しておらず、感動は薄い。

『艦これ展』は特別に何か新しい物が得られるわけでもないので、遠くから無理して行く必要は無いだろう。貴重な資料が展示されているわけでも無いし、閲覧できる絵は既に雑誌などで掲載されたものだけである。何か別の用事のついでに寄ってみる、くらいにするのが丁度良い。

ただ、館内は清潔で、座る場所も多く、居心地がとても良い。漫画の歴史を学べる展示物なども手作り感があって、なかなか面白かった。無数に置いてある貴重な古い雑誌が閲覧可能になればもっと良いのだが、まあ、仕方あるまい。

もしも近くに住んでいるのであれば、図書館代わりに使用するのも有りかも知れないと思った。ただ僕は、そんなことをするために京都に来たわけではないのだ。

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2014年9月29日 (月)

グローバル

先日、職場で、日本語が堪能な中国人Aさんと、日本語が堪能な中国人Bさん二人が、日本語で会話しているのを訊いて、少し頭が混乱してしまった。しかも二人して敬語だった。

おそらくこれが、あちらこちらで言われているが、未だに判然としない『グローバル化』というやつの正体なのだろう。僕は一人頷いて、後ろに座っていた日本語の分からない中国人に、片言の英語で話しかけるのだった。

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2014年3月25日 (火)

とかいいつつ更新

この戦いが終わったら秋葉原行くんだ。

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2014年3月23日 (日)

4月半ばまで更新ありません

今更ですが、くっそ忙しいのでしばらくお休みします。

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2014年2月 9日 (日)

トイレ戦争

僕の会社の同僚は憤慨する。

「腹が痛くてトイレに行ったが、どこも空いてないし、どこも全く空く気配が無いんだ。全くふざけてる。みんな仕事さぼってトイレでスマフォでもいじってるんだろうな」

確かに僕の今いる事務所は、どこのトイレに入っても大の方の扉は常に閉まっている。朝から晩まで、空いているところをほとんど見る事が無いほどだ。例えば僕が小をしている最中に、背後で大の扉が開いたとする。すると、僕が小を終えるまでの間に決まって別の男がやってきて、すぐにトイレを占有してしまうのだ。まるで狙い澄ましたかのように。大の扉が空いているのを見つけるのが困難である事は、この件からも容易に想像できるだろう。

「そして、トイレに入ってるやつはみんな決まって静かなんだ。物音一つ立てやしない。スマフォはタッチパネルだからな。音がしないのを良い事にあいつらやりたい放題だ」

同僚の憤慨は収まらない。

「そこの席のあいつも、いつも席にいないよな。良く大の方に入って行く姿を見かけるし、きっとトイレにこもってパズドラをやってるに違いない。本当に胃腸が弱い人間にとっては害悪でしかないな」

同僚は会社のトイレに入っている人の8割がパズドラにはまってると主張している。そして本当に腹を壊した人間が大のトイレに入れない現状を憂慮する。

「何が苛つくかって、それを決して証明できないことだよ。トイレで何をやっているかなんて誰にも分からないからな。まさかカメラで撮影する訳にもいかないだろ。だが、それでも俺は主張したいね。やつらはトイレにこもってパズドラで遊んでる。これは間違いないはずだ」

本当に、そうなのだろうか?

僕はそう思わない。

怒り狂う同僚に対して、僕はついに意義を唱えた。

「いや、それは違いますよ」

「まあ、確かにゲームはやってないかも知れないが、なんにせよスマフォをいじって遊んでいる事には変わらんだろ? だって、やつらは決まってあんなに静かなんだし」

「それも違います。彼らはスマフォをいじっていません」

「じゃあ彼らはトイレで三十分も四十分も何をやっていると言うのだ!」

 僕は重い口を開いた。

「これはとても言いにくい事なんですが、実はですね。この会社ーーあるサイキッカー集団に狙われているんです」

「なんだって?」

「彼らがトイレに一時間おきにこもっているのは、しつこくやってくるサイキッカー集団を撃退するためなんです。彼らはトイレの中で一般人には見えない巨大な魔法障壁を張っています。それは僕たちの世界とは別次元に展開されるフィールドなんですがーーその次元の中で、なんと、世にも恐ろしいサイキックバトルが繰り広げられているんですよ!」

「つ、つまり、彼らは、我々の知らないところで、悪の集団から会社を守っているってことなのか!」

「そうなんです。僕たちが安心してここで働けるのも、実は彼らがトイレでサイキッカー集団たちを足止めしているからなんです」

「もしかして、彼らがトイレで物音一つ立てないのは、スマフォのタッチパネルをいじっているからではなくーー」

「魔法障壁です」

「彼らが事務所に帰ってくると、決まってうたた寝を始めるのは……?」

「サイキックバトルでMPを使い果たしているからなんです」

「なんてこった!」

誤解されやすい事ではあるが、何も彼らはトイレでさぼってソーシャルゲームに興じているわけでは決して無いのだ。僕たちの知らないところで魔法障壁を張り巡らせ、未知の敵との激しい戦闘を繰り広げているのである。ゆえに、仕事中に眠りこけていたり、一時間置きに席を外して、三十分も四十分も戻ってこない社員がいたとしても、彼らをクソ社員だとか、役立たずだとか、便器男だとか責めるのは正しくない。なぜならば、僕たちが安心して会社の中で暮らしていけるのは、彼らが僕たちの代わりにサイキッカーたちを撃退しているおかげなのだから。

彼らがトイレに向かう時は、その背中に向かってこう叫ぼうじゃないか。

「負けるんじゃないぞ。トイレ戦士たち!」

そう。会社の命運は彼らの手に委ねられているのである。

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とにかく時間が足りない

別にブログを忘れているわけじゃないんだよ。ただ面白いくらい時間がないのだ。

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2014年1月19日 (日)

2014年

まだ2013年と書いてしまう癖が抜けないのに、もう気づけば2014年も1月の下旬に入ろうとしている。2014年という数字を改めてまじまじと眺めていると、現実味の無さに驚かされる。2014年なんて、SF小説の中だけの話と思っていたが、まさか現実にこんな西暦を迎えるなんて。俺は一体21世紀に入ってから14年の間、何をしていたのだろう。そして世界は一体何をやっているのだろう。何もやっていなかったに違い無い。

僕は10年前からほとんどテレビを観なくなった。それまでは家に帰ればまずテレビを付け、朝起きればテレビを付けるような習慣があったが、それを辞めた。音楽を聴いているときと楽器を弾いているとき以外は、常に部屋は無音である。冷蔵庫の音と、冷暖房の音と空気清浄機の音だけが部屋にこだましているのみである。テレビを観なくなってから、僕はいろいろな事に惑わされなくなったし、いろいろな事に囚われなくなった。

だがテレビを観るのをやめ、世間と隔絶してから、時間の流れがだんだん分からなくなって来ているのも確かだった。60年代の音楽を聴き、80年代のゲームで遊び、30年代の小説ばかり読みながら過ごす日々は、実に楽しい物だが、時間の概念が抜け落ちてしまう弊害がある。テレビを見ることで感じる季節感や曜日の感覚も抜け落ち、僕が時間を感じる唯一は、同僚の会社員の頭髪が薄くなっていくことくらいだった。

そんな失われた時間の中で過ごした末に、気づいてみれば2014年である。エヴァンゲリオンが登場するまであと1年。AKIRAが東京オリンピック会場の地下から復活するまであと5年。

「こんなことをしている場合ではないな」

僕は立ち上がったが、一体何をすれば良いのか、さっぱり分からないので、とりあえずスーパーマリオ3Dワールドを遊んだ。

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2013年11月22日 (金)

福岡旅行

ポールのライブを見に福岡まで行ってきた。言葉にして表すことができないくらいに最高なライブであった。というか言葉にしてあらわそうと思って書いていたが、百行に達してしまったのでやめた。僕のポール評などに一体誰が興味を持つだろうか。

何にしても、71歳とは思えぬポールのハイパワーに圧倒されまくりだった。今年はツイてない事ばかりあったけれど、全部帳消しにしても良い。そんな素敵なライブであったと言えよう。それでその後の福岡旅行も幸せに幕を下ろせば言うことは無かったのだが、残念ながらそうはいかなかった。

まあ、特筆するほど大した事件は起きていないが、せっかくなのでつらつらと福岡旅行の出来事を書いていくことにする。

■ホテルが無い事件

まず大前提として、博多市内でホテルの予約が事前に取れなかった。

あるホテルに電話したところ、「福岡はホテルが少ないので、何かイベントがあるとすぐにいっぱいになります」との返事を頂いた。そう。僕がかつて住んでいた神奈川県と福岡県は違うのだ。神奈川の隣には東京があるし、ちょっと行けば埼玉や千葉もあるから、いざとなればどこのホテルでも泊まることができる。しかし、福岡の隣は佐賀県なのだ! 全く失念していた。

そんなことで博多市内のホテルは諦めたのだが、それでも博多周辺のホテルはカプセルホテルすら無いという有様だった。そこで今まで一度も訊いたことのない、宗像市というところのホテルをぎりぎり滑り込みで予約することが出来た。だが愚かな僕はこの町に電車が通っていないと思い込んでいたのだ……。この市には高速バスでしか行けないーーそう頑なに信じ込んでしまった。その選択こそが、僕の福岡旅行を全てダメにしてしまったと今なら言える。

■驚愕の逆走

ポールのライブが終演すると、ヤフードームの女性スタッフが黄色い声をあげた。

「天神駅まで行くシャトルバスは4番、5番出口からです」

天神駅と言うと、スピッツの歌を思い起こさせるが、僕が宗像市に高速バスで行こうと思っていたルートも天神駅が起点となっている。ゆえに黄色い声のお姉ちゃんの言うとおりに行けば自動的に天神駅に着けるはずだった。それにしても余談ではあるが、ヤフードームのスタッフのお姉ちゃんはなぜみんなそろいも揃って美人ばかりなのだろう。そういう人を選んでいるのだろうか。顔のタイプがどれも似ているから、たぶん社長か誰かの趣味なのだろう。

ともかくーー。

4番、5番出口から人並みに巻き込まれるようにして外へ出たのだが、どこを見渡してもシャトルバスが無い。西に行っても東に行っても、バスらしきものがどこにも無い。一方、僕以外の客はヤフードーム慣れしてるのか知らないが、迷い無くみんな出口方面へと向かっている。しかもぺちゃくちゃと楽しそうに喋りながらだ。僕は一人なのに。悔しい。

辺りをきょろきょろしならiPhoneをいじっていると、電池の残りが40%しか無い事に気づいて僕は眉間に皺を寄せた。iPhone4SをiOS7にしてから格段に電池の持ちが悪くなっている気がする。僕はiPhoneの電源を切って、思うがままに走り出した。料理の本を持ってるのに、なんだかよく分からないから、適当に調味料を入れる感覚にそれは実によく似ていた。要するに、素人が闇雲に走り出すのは、素人が適当に料理を作るのと同様に無謀だと言うことである。

僕はそのとき、下調べしていた「国立医療センター」というバス停の名前をかすかに覚えていた。で、闇雲に走り出した結果、その国立医療センターというバス停を奇跡的に発見することができたのである。そこまでは、正解だった。

国立医療センターのバス停では客が三十人ほど待機しており、僕の選択が誤りでなかったことを告げていた。もちろんルート案内もしっかりと閲覧した。バスは同じところをぐるぐると回るタイプの物らしく、指でたどるとそこにはしっかりと、天神駅の名前もあった。僕はほっと胸をなで下ろした。で、待つこと十分。バスがやってきたので僕は勢いよく乗り込んだーーのだが、異変が起きた。

そのバスに、僕以外の誰も乗車しなかったのだ。

バスが走り出す。窓の外を見ると、なんだか、寂しそうな目をした三十人ほどの視線が僕を見つめていた。バスの中には乗客が一人もいない。辺りを見回しても、誰もーー誰一人としていない。いるのはただ、黙々と業務を遂行するバスの運転手だけだ。場内に流れる「福岡タワー」というアナウンスに僕は戦慄を覚える。「福岡タワー? なんだそれは? スカイツリーの仲間か?」と思った。急いでiPhoneの電源を入れて、グーグルマップを表示する。離れていく。天神駅からバスがどんどん離れていく。僕は身を乗り出して、バスの運転手に早口で尋ねた。

「このバスって天神駅に行きますよね?」

「行きません」

バスの運転手は少し怒りながら、そう告げた。夜も更けているし、きっと不機嫌だったに違い無い。でもどうして、同じルートを巡回するバスなのに、天神駅へ行かないのか。それは今でもよく分かっていない。

■走る

せっかくだからついでに福岡タワーでも寄っていくか、などと、ちょっとした大人の余裕を見せつけてはみたが、普通に閉館していた。僕はとぼとぼと来た道を戻り、思案した。おそらくだが、僕が乗るべきだった国立医療センターのバス停は、道路を挟んで向かい側のバス停だったのではないだろうか。僕は誤って逆側のバスに乗ってしまったのではーー。だが、いくら後悔したところで、逆方向に走ってしまったことは取り返しが付かなかった。後悔ならホテルに着いてからすれば良い。それにしても結局のところ、シャトルバスは一体どこに来ていたのだ? 今でもさっぱり分からない。どこをどう歩いたってそんなものは見つからなかった。僕は悪く無い。あのヤフードームのお姉ちゃんたちが悪いのだ。僕は膝の屈伸をしてから決断した。

「よし。こうなったら走って天神まで行こう」

僕は天神駅まで走った。

■バス停がどこにもない事件

天神駅まで40分もかけて休み休み走り、目当てのバス停まで辿り着いたわけなのだが、今度はお目当ての「赤間営業所行き」のバス停がどこにも無い事に気づいた。天神駅の周辺には4つのバス停があり、そのどれかが僕が泊まるホテルのある宗像市へ向かう「赤間営業所行き」のルートなのだと思うのだが、4つのバス停を回っても、そんな名称はどこにも無いのだった。

「適当に乗ってみようかなぁ」という僕特有の軽い思考が一瞬、脳裏をかすめたが、「ちょっと待て」と冷静な僕は自制した。もしも、これで間違ったバスに乗ってしまい、万が一、福岡タワーにでも舞い戻ってしまおうものなら、遠い福岡で自殺したくなるに違い無かった。正確には、エロ動画を削除しなければならないため自殺はできないのだが、ともかく、少なくとも自分の人生の在り方について思いをはせる結果になるのは目に見えていた。だから適当にバスを選出するわけにはいかない。僕はもう少し慎重になるべきなのだ。

天神駅内にある三越ビルの一階に警備員がいたので話を訊いた。

「赤間営業所行きのバス停ですか? 私は分かりませんね。警備員やってますけど、私もここの人間じゃないんでね」

道を徘徊する人の良さそうな警察官にも「迷子なんです」と言って助けを求めたが、よく分からないという回答を頂いた。

「バスでどこへ行かれるんで? 宗像市? うーん。分かりませんね。すみません。とりあえずバスの運行表ならあっちにあります。ほら。きらきらと飾り付けてあるあそこです」

僕は礼を言ってから警察官の言うとおりの場所へ行き、バスの運行表を見た。すると、そこには確かに僕が乗ろうとしていた「赤間営業所行き」の文字があった。つまり、場所は間違っていないのだ。しかし、視界に映る4つのバス停のどこにも「赤間営業所行き」の文字が無い。こんなことがあって許されるだろうか。僕は混乱して地団駄を踏んだ。運行表の脇に、バス停の場所を示す地図があったのだが、それが一体どこの地図を指し示しているのか全く分からなかった。そんな地形をした場所なんざどこにも無い。僕は頭をかきむしりながら、視界にうつる4つのバス停をうろうろしていた。だけど、いくら4つのバス停をうろうろしたところで、新しいバス停がにょきっと生えてくるようなことは無かった。僕の体力は限界に達していた。

で、結論から言うと、一時間後、バス停は見つかった。一体どこにあったのか。なんとバス停は三越ビルの三階にあったのだ。

「まさか建物の中にバス停があるなんて!」

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これがそのバス停内部の写真である。こんなバス停、僕の人生ではまだ一度も体験したことは無い。

「こんなの卑怯じゃないか!」

僕はバス停で声を荒げた。

■怒りの特盛り

目的のバス停で降りると、時刻は既に深夜0時45分を回っていた。疲れはピークを通り越している。iPhoneの電池は残り5%となり、ただの使えない不燃ゴミに成り下がろうとしていた。辺りを見渡すと、だだっ広い道路以外、何も無かった。ここは本当に、福岡なのか。本当に経済大国の第四の都市なのか。僕は妙に心細くなった。

それにしても腹が減った。と僕は思った。近場に食い物屋があれば真っ先に入ろう。博多ラーメンの店があればいいなぁ。

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そんな僕をあざ笑うかのようにして、目の前に建っていたのは吉野家だった。

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僕の中の何かが吹っ切れて、怒りの特盛り卵を注文した。

「福岡で食べる吉野家の牛丼は最高だなぁ、、」

僕は感動で目頭が熱くなった。

■観光を断念

翌朝、僕は腰痛と筋肉痛によりダウンした。ホテルのチェックアウト時間を12時まで延ばして貰うといったていたらくだった。高速バスで博多駅に向かおうと思ったのだが、コンビニで何気なく地図を眺めていたら、ホテルから徒歩30分の場所に、駅が存在しているという驚愕の事実が分かった。目を疑った。僕は宗像市は高速バスでないといけない市であると勝手に思い込んでいたのだ。それなのに、まさか、普通に、電車が通っているだなんてーー。僕の苦労は一体なんだったと言うのだ。でも、考えてみれば市なのに電車が通ってないなんてあるわけないじゃないか……。

絶暮にうちひしがれながら、コンビニで肉まんを購入し、それを僕はミネラルウォーターで流し込むと、少しだけ元気がよみがえってきたので、目標の東郷駅までひたすら歩く事にした。宗像市は寂しい町で、徒歩で歩いている人がほとんど誰もいなかった。駅までのんびり45分ほどかけて歩いたが、その間にすれ違った人は、わずか三人である。

「なんて静かな町なんだろうーー」と、僕は呟いた。

東郷駅から電車に乗り、博多駅に辿り着いた僕は、観光をしようと、町中を歩き回ったのだが、1時間もすると腰の痛みはピークに達し、ダウン。新幹線の予約時間まで、スターバックスで三時間弱うごめいているという情けない時間の過ごし方をする羽目になったのだった。

あの時、バスで逆走しなければーー。高速バスでなく電車で普通に宗像市へ向かっていたらーー。僕の福岡観光はもっと有意義なものになったのではないだろうか。だがいくら後悔したところで、もう時が戻ることはない。

最後に、何枚かの写真を紹介して、福岡の旅は終了となる。

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駅に着いたときに食べた博多ラーメン。懐かしい味がした。

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その駅にあったエスカレータ。妙に短い。

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ライブ前の写真。ドームにいっぱい人がいる。

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宗像市から駅へ向かう途中の道。恐ろしいくらいひっそりとしている。

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団地妻を探したが、残念ながらどこにもいなかった。

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櫛田神社でおみくじを引いた(ここがおみくじを引きまくるサイトだったことを思い出しつつ)。二カ所あったけど小銭を切らしていたので一枚だけ。

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吉。

帰りの新幹線で、ポール・マッカートニーが最後に言った言葉を僕は思い出していた。

「See You Next Time」

また、福岡で会おう。

 

〜完〜

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2013年9月19日 (木)

お肉大国

僕はベジタリアンだが実際、良くお肉を食べる。

それはこの日本社会というのがお肉に支配されているからだ。道を歩けばお肉に当たり、車を走らせればお肉に当たり、テレビをつけてもお肉にあたり、電子の世界でもお肉に当たり、会社の食堂でもお肉に当たる。

上下左右東西南北どこを見渡してもお肉お肉お肉。いくら軽快なステップでお肉を避けたとしても、避けた先にお肉が容赦なく飛んでくる。編み目のように張り巡らされたお肉ワールドから我々は逃げる術など存在しないのだ。

よって、僕は憎きお肉を甘んじて受け入れているわけである。これは仕方ない事なのだ。好き好んで僕がお肉を食べていると思ったらそれは大間違いなのである。

だが、一方で、もう一人の自分が僕にこう問いかける。

「お前は一体お肉の何を知っているんだ? 軽々しくお肉を否定できるほど、お前はお肉の事を知っているのか?」

確かに、と僕は力強くうなずく。

結局のところ、僕はお肉を否定する一方で、お肉を否定する自分に対しても常々疑問を投げかけるという二律背反を抱える、悩み多きサラリーマンなのだった。

お盆休み。

文字通りゴロゴロと床を転げまわるだけの荒行を3日で終えた僕は、おもむろに立ち上がり、真っ白なアパートの天井を見上げながら一人呟いた。

「だからこそ、俺はもっとお肉の事を詳しく知る必要があるな」

と、そんなことで、先日、友人を連れて岐阜、高山へ向かい、飛騨牛なるものを食ってきた。

で、これが件の飛騨牛である! ハイパワー過ぎて直視するのも憚られる。

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世のお料理番組などで、芸能人たちは、高級な和牛を食しては、「お肉が口の中で溶ける!」などと良く意味不明な叫び声をあげて発狂している。

それを訊いた僕は、「は! 馬鹿な。そんなことがあってたまるものか!」と良く彼らを糾弾したものだ。そんなものは単なる誇大表現に過ぎない。お肉というものは歯切れの悪いものである。お肉が口の中で溶けてたまるか。君たちはテレビ向けのコメントを大げさに出しているに過ぎない! 賢い僕はそれを知っている。

そんな賢い僕が飛騨牛を食して叫んだ言葉……それが奇しくも、

「お肉が口の中で溶ける!」

だった。

結論。

「どうやら、俺はまだまだお肉のことについて知る必要があるな……」

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